東京地方裁判所 昭和60年(ワ)7005号 判決
一 特許権に基づく請求について
1 成立に争いのない甲第一、第二号証及び第三号証の一ないし四によると、亡上田稔は、本件特許権を有していたこと、原告上田利江及び同上田陽子は、亡上田稔が死亡したことにより、本件特許権を持分二分の一あて相続したこと、本件明細書の特許請求の範囲の記載が原告ら主張のとおりであることが認められる(原告上田利江及び同上田陽子の相続の点を除くその余の事実は、原告らと被告三宝を除くその余の被告らとの間では争いがない。)。
2 成立に争いのない乙第五、第六号証及び被告横山本人尋問の結果によると、被告装置の構造が別紙目録(一)添付の被告装置の説明及び図面記載のとおりのものであることが認められる(この点は、原告らと被告日本シリコン及び同三宝との間では争いがない。)。
3 原告らは、被告らは被告装置をもつて被告方法(一)を実施している旨主張するので、この点について検討する。
(一) 成立に争いのない乙第六号証によれば、被告装置において、カツプホイル型カツター15のスピンドル13は、油圧シリンダ機構の作用で研削盤本体に対して上下方向に移動可能であつて、スピンドル13が上端に移動すると平面研削位置となり、下端に移動すると円筒研削位置となるが、油圧シリンダ機構及びその操作機構の両面からの制約の結果、カツター15のスピンドル13が取りうる位置は、右平面研削位置及び円筒研削位置の二箇所に限られ、それ以外の位置をとることはありえない構造となつていることが認められる。また、被告横山本人尋問の結果によれば、平面研削位置におけるカツター15の中心は被加工材Aの中心軸線と一致するよう設計されていることが認められ、更に、原告と被告東洋及び同横山との間では原本の存在及び成立に争いがなく、その余の被告らとの間では弁論の全趣旨により原本の存在及び成立が認められる甲第一〇号証(被告東洋作成の自動式円筒平面研削盤仕様書)によれば、被告装置のカツター15のスピンドル13の上下移動量はカツター15の内径の二分の一より一ミリメートル少ない距離に設計されていることが認められる。したがつて、被告装置においては、円筒研削位置にカツター15を下降させた場合、カツター端面の内周縁は、被加工材Aの中心軸線より一ミリメートル上方に位置することになるはずであり、実際にも、前掲乙第六号証によれば、被告日本シリコンが使用している被告装置のカツター15を円筒研削位置にした場合、カツター15の内周縁は被加工材Aの中心軸線より二ミリメートル上方に位置していることが認められる。以上認定の事実によれば、被告装置は、円筒研削位置において、カツター端面の内周縁が被加工材Aの中心軸線より上方に位置し、カツター端面の肉厚の中心を被加工材Aの中心軸線に位置させることはできない構造になつているものと認められる。なお、成立に争いのない甲第一一号証中には、乙第六号証の調査時には、被告装置のシリンダー又は上下スライド板の上下に、厚さ四ミリメートルのスペーサーが挿入されていたものと思われる、実際に被告装置を使用する場合には、右スペーサーを外し、円筒研削位置において、カツター切削端面における肉厚のほぼ中心位置が被加工材の中心軸線に位置する形で使用されているものと思われる旨の記載が存する。確かに、前掲乙第六号証によると、被告日本シリコンで使用している被告装置では、カツター15を平面研削位置に上昇させた場合、カツター15の中心は、被加工材Aの中心軸と一致せず、それより四ミリメートル下方に位置していることが認められるが、被告横山本人尋問の結果によると、これは、シリンダーシヤフトを上下スライド板にねじ込んでナツトで締めているところ、ナツトがゆるんだため、スライド板が落ち、カツター15が完全に上昇しなかつたためであることが認められるから、この事実によつて被告装置にスペーサーが挿入されていたものと認めることはできず、また、右甲第一一号証の記載は、前掲乙第六号証の記載内容に仮定の数値を当てはめた推測をいつているにすぎないことがその内容から明らかであり、しかも、被告らが本件特許権侵害の責めを免れるためスペーサーを挿入したというならば、スライド板の上部にまでスペーサーを挿入したとする理由を説明することができない(シリンダー又はスライド板の上部に四ミリメートルのスペーサーを挿入するということは、平面研削位置において、カツター15の中心位置が被加工材Aの中心軸線から四ミリメートル下にずれるということであり、円筒研削位置に関する本件発明の技術的範囲とは全く関係がない平面研削位置において、このような細工をすることは、原告らの主張を前提にしても必要のないことである。)などの疑問点が存し、したがつて、右甲第一一号証の記載内容は、採用することができない。
(二) また、原告らは、被告らの主張に対する原告らの反論1(二)記載のとおり主張し、右主張事実を証する証拠として甲第九号証を挙示している。しかし、甲第九号証には、被加工材とカツターの切削端面との位置関係によつて生じる表面の荒れの型は記載されているが、切込移動量と被加工材の表面の荒れの程度は記載されていないので、これをもつて必ずしも原告らの主張を裏付けるものとはいえず、また、前掲乙第五号証によると、被加工材の表面の荒れの度合いは、円筒研削時におけるカツター切削端面の位置と被加工材の中心軸線の位置との関係によつて決まるのではなく、切込移動量によつて決まるものであつて、この点では、カツター切削端面の位置が被告ら主張の位置であるのと、原告ら主張の位置であるのとで差が存しないことが認められるから、原告らの右主張は、採用の限りでない。
そして、他に被告らの主張に対する原告らの反論1記載の主張を認めるに足りる証拠は存しない。
(三) そうすると、原告らは、被告装置が、円筒研削時において、カツター15の切削端面の肉厚の中心位置が、被加工材Aの中心軸と一致する形で研削しうることを前提に、被告日本シリコンが、被告方法(一)を実施していると主張しているのであるが、前説示のとおり、被告装置が右のような作動をしうるとは認めることができないから、被告らは被告方法(一)を使用しているとの原告らの主張は、その前提を欠き、理由がないものというべきである。
4 次に、原告らは、被告らが実施している方法が被告方法(二)であるとしても、右方法は、本件発明の方法と均等又はその不完全利用であつて、本件発明の技術的範囲に属する旨主張するので、以下検討する。
(一) 前掲甲第一号証(本件公報)によると、本件発明の構成要件は、次のとおりであると認められる。
(1) 被加工材を左右に移動させて研削する方法において、
(2) カツプホイル型カツターの中心より切削端面の肉厚のほぼ中心線までの半径だけ被加工材の中心軸線と喰違わせて直角方向に配置し、
(3) カツターの肉厚のほぼ中心位置が被加工材の切削表面に切線方向に接触させ、
(4) 仕上の切込位置をもつて、被加工材に二~二〇r・p・mの低速回転と、カツターの肉厚の一~二倍の切込移動量と高速回転のカツターで、カツターの端面と外周面と、内面で研削を行つて、一行程で欠落し、
(5) 粗研削、準仕上げ研削、仕上げ研削を同時に行うようにした
(6) 円〓形研削及び切削方法。
(二) ところで、被告方法(二)は、前記3(一)のとおり、カツター端面の内周縁が被加工材Aの切削表面に切線方向に接触させるものであるから、本件発明の構成要件(3)を文字どおりには充足しないことが明らかである。また、前掲甲第一号証(本件公報)によると、本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、「カツプホイル型カツター15は、その肉厚の中心が被加工材Aの切削面に接するように装置するのであつて」(本件公報二頁三欄三行ないし五行)、「カツターの端面における肉厚の中心線cが被加工材Aの直径線上の切削面に対し切線方向に接するから、該位置におけるカツターの摺擦方向は、被加工材Aの軸線と平行の方向(但し円弧を描いて)をなし、従つて被加工材の切削表面は被加工材の軸線と平行の方向に研磨されて粗切削及び中間の仕上げ切削によりて生じた切削筋目を除去し、仕上げられるから、被加工材及びカツターともに一工程により加工を完了することができるのである。」(同三頁五欄二二行ないし六欄三行)と記載されていることが認められ、右記載によれば、本件発明にあつては、カツターの肉厚の中心が被加工材に接するものであることが認められるのであつて、これによると、本件明細書の解釈上、本件発明の構成要件(3)は、その文言どおり、カツターの肉厚のほぼ中心位置が被加工材の切削表面に切線方向に接触させることを意味するものというほかはない。更に成立に争いのない乙第一、第二号証、第三号証の一ないし三及び第四号証によると、本件発明の特許出願に対する昭和四四年七月三日付拒絶理由通知に対し、本件発明の出願人である亡上田稔は、昭和四五年四月八日付追加意見書理由差出書を提出し、その中で、「本願の発明はカツプホイル型のカツターの中心より切削端面の肉厚のほぼ中心線までの半径だけ被加工材の中心線と喰違わせて、これを直角方向に配置し、カツターの肉厚のほぼ中心位置が被加工材の切削表面に切線方向に接触するようにした(添付の図面の(イ)に示すように)ことを特徴とする装置である。」、「引例の…装置は、…カツプホイル型のカツターの切削端面の中心位置が被加工材に接触していない。換言すればカツプホイル型のカツターの切削端面の肉厚の中心よりも内側に片寄つた部分が被加工材に対して接線方向に接するように(添付の図面の(ロ)に示すような状態)なつている。即ちカツプホイル型のカツターの軸線と被加工材の軸線とが喰違つている点だけを見ると共通性があるが、本発明の特徴である前述のカツターの中心より切削端面の肉厚のほぼ中心線までの半径だけ被加工材の中心線と喰違わせて、これを直角方向に配置させるという技術観念は引例には表現されていない。」と述べていること、そして、右追加意見書理由差出書に添付された図面(イ)及び(ロ)は、別紙図面一のイ及びロに相当するものであることが認められ、右認定の事実によると、本件発明の出願人は、その出願手続において、本件発明の構成要件(3)を、文言どおり、カツターの肉厚のほぼ中心位置が被加工材の切削表面に切線方向に接触させるという構成に限定し、カツターの端面の内周縁が被加工材の切削表面に切線方向に接触させるものを含まないものとしたことが認められる。以上の事実を総合すると、カツター端面の内周縁が被加工材Aの切削表面に切線方向に接触させる被告方法(二)は、本件発明の必須の要件である構成要件(3)を欠くことが明らかというべきであるから、本件発明と均等であ
るとも、また、不完全利用であるとも認めることができない。したがつて、原告らの右主張は、理由がないものといわざるをえない。
5 よつて、特許権に基づく原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
二 ノウハウに基づく請求について
原告らは、原告らの有するノウハウが被告らによつて侵害された旨主張するが、そのノウハウについて、単に、本件特許権に関し、カツターの設定位置と被加工材切削面との関係、パーツ製作及びその専門技術の分担システムに関するノウハウを有していたというのみであつて、その具体的な内容を主張しない。したがつて、原告らが有するというノウハウが被侵害利益たりうるものかどうかも明らかではなく、ひいては、被告らがノウハウを侵害しているとの事実を認めることもできない。
よつて、原告らのノウハウに基づく請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
三 以上のとおりであるから、原告らの本訴請求は、全部棄却することとする。
〔編注〕 本件における特許権は左のとおりである。
特許番号 第七九二七九三号
発明の名称 仕上研削と準仕上研削と粗研削を同時に行う円〓形の研削及び切削方法
出願日 昭和四〇年四月一九日
公告日 昭和四九年四月二二日
登録日 昭和五〇年一〇月二四日